親父はお墓に入っちゃった2013/03/17 05:49

昨日は親父の49日法要、納骨。

私は極度に体調不良で親類に心配されちゃいました。
暑くもない本堂で額から汗が噴出すし、食事は摂れないし、手は震えるはで。

帰宅してから夕方まで寝込んでしまい、そのため、ほぼ徹夜してしましました。

たぶん花粉対策に処方してもらった抗ヒスタミン剤の副作用と思います。

まだ眠れないのでビールでも飲みたいところですが、人が寝ている時間に酒飲んでポックリ逝ったら、これで三代目になるので自重しています。

だいこんの花2013/02/27 04:29

Wikipedeiaによれば1970年から半年ずつ1977年まで放映されたドラマなのですが、当時としては珍しい大人の父子家庭を描いた変なドラマでした。

父は森繁久彌、息子は竹脇無我、なるほど脚本は一部、向田邦子が書いているんだ。雰囲気しか覚えていませんが、助演やゲストも多彩でちょっとした人気コメディだったかも知れません。

竹脇無我は毎日会社に出勤していたし、父と私の10年8か月とは違います。でも森繁の親父は無邪気でかわいかったし、ちょっと重ね合わせるところがあります。

VolvicのPETボトルに酒をしこんでいた2013/02/07 17:22

今日、仕事と葬儀後の一つの事務処理を終えた後、冷蔵庫のボトル棚に親父が残した飲みかけのPETボトルを捨ててしまおうとしました。水道水でも冷やしていたのかと思って。ふと思いつき鼻を近づけると日本酒。やられた。しかも、これはかつて私が考えた手だ。

海外でも日本でも、日本酒のない飲食店で日本酒を飲みたければ、ミネラルウォーターのPETボトルに入れて持参して飲むなら、まずとがめられない。この銘柄しか飲まないという顔して堂々と飲めばよい。それを親父にやらせていました。

死の数時間前のまだ暗いうち、動いている気配があったので、そのときも飲んだに違いありません。

霊魂をまったく信じていないのですが、映画好きの私としては、息子が死後9日して、この発見をした後「どうだ。気がつかないだろう。ヒヒヒ」とVolvicのボトルを冷蔵庫に出し入れし、ほくそえむ親父のフラッシュバックを入れたい。

ちぇっ、それはそもそもおれのオリジナルだい。
かわいい親父でした。

親父の無能と私の後ろめたさ2013/02/04 23:35

先のブログのような出棺挨拶したら、近隣の方からお褒めのメールをいただきました。

でも、同居のそもそものきっかけは親父の無能と私の後ろめたさだったかも知れません。

1996年、母親の納骨を済ませた後のこと。69才の親父に対し、1960年頃8部屋の木賃アパートとして建てた、窓枠もサッシでない木造モルタル塗りの自宅について「あの家、これからどうするんだよ」と聞いたら「小さな家でも建てて住むさ」と言っていたのに何も行動を起こさないばかりか、悪徳業者にも騙される。

私は私でそれを気にしつつも、真っ先に家を出て、親兄弟にさして興味なく寄り付きもしなかった長男が実家の土地活用に介入したら、親父や兄弟に猜疑心を持たれる、持たれないかも知れないが後ろめたい、結局めんどうくさいから棚上げにして賃貸住宅で同居してみようということだったかも。

第二の旅2013/01/30 20:58

10年8か月。これは全体的には楽しかったです。

二人とも通勤も通学もしていないのだから、同じ家から出発して図書館や商店街で出くわしたり、平日で空いている健康ランドほか温浴施設に出かけたり。

海外旅行は同居の少し前にオーストラリア、イタリア、同居後も含めマレーシアのペナン・ランカウイ周辺には5、6回、シンガポール、バリに北京、台湾、国内旅行は沖縄本島や先島諸島にも数回、知床や登別温泉、佐渡、五島列島、道後温泉にも1回。ここ数年は列車で行けるところが多かったですけれども。

まあはたから見ればふざけた親子でしょうが、親父も最後に迎えた楽しい生活ではなかったかなと思います。もっとずっと遊んでいれば良かったとも感じますが、割り勘だったのでこちらが無理でした(笑)。

晩年は、私にとって友だちのような親、別居時代に暑い国に来て荷物を解くとラクダの長袖だの股引だのばかり、「あんた何考えてるんだよ」と言った子供みたいな父。あんまり型にこだわりたくないから、出棺の挨拶で話しても良いでしょうかね。